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10月18日 小浜歴史街道ウオーキング「塩の道を歩く」潮風コース20kmに単独参加しました。 このコースは小浜港を船での移動が含まれていて全国に多くあるツーデイマーチでも稀で港町・小浜らしい企画です。そのため人気が殺到!し事前申込み565人のうち約半数がこのコースを希望して定員200名をオーバーしてしまったそうです。 中世から近代にかけて北前船を利用した昆布は若狭の名産品として都の人々に知られていました。松前(北海道)から日本海を経て若狭で荷揚げされ加工し、陸路京都へ運ばれました。また、室町時代には象や孔雀など珍しい動物を積んだ南蛮船が小浜に着岸。日本との交易を求めるための足利将軍への贈り物でした。 そんな小浜は、過去は大陸と京都をつなぐ表日本の玄関口として栄えました。 8時15分乗船。長閑な小浜湾を3船が順次スタート。泊港へ向かいます。 約10分で泊港へ着岸し韓国遭難船員救護の記念碑前に集合。ここが潮風コースの正式なスタート地点です。 時は1900年1月12日。厳冬の日本海を2週間も漂流していた韓国船が泊沖で発見されました。飲まず食わずで餓死寸前だったそうです。泊の皆さんの必死の救護で93名全員が助かりました。帰国の際には家族同様にお互い泣き別れたそうです。今、トラブルが多い両国ですが1.6億人の両国民の何人がこの美談を知っているでしょうか? 8時40分号砲とともにスタート。右手に若狭湾を見ながら軽快に足が進みます。老人から「ここから小浜まで歩くのは大変だが、頑張れ!!」の激が飛んできました。 堅海を過ぎると稲が刈り取られた田園風景へと変わり、堅海坂トンネルを9:30通過。 風景は再び静かな小浜湾となり、ここから休憩地点の内外海小学校迄はもっと近いと感じていたのに50分も要しました。各休憩地点ではお茶とゼリーの無料サービスがあります。 暫く進むと魚屋さんがあって、いま旬の‘アオリイカ’が1匹1000円で売られていました。‘‘‘美味しそう’’’ すぐ山手道路に入り若狭総合公園から県立大学を目指します。途中に象つなぎ石がありました。1407年に南蛮から運ばれ将軍足利義満に贈られたものの、財政難から1411年に朝鮮国王に貢物として贈ってしまったそうです。つなぎ石はもっと大きいのですが埋め立てで上が少し出ているだけとなりました。こうして巨大な象が始めて日本に足をおろしたのが若狭小浜だったそうです。当時の市民は驚いたことでしょう!!! (なかやわかささんのブログ‘日本に象がやってきた’で詳しく紹介されています。http://blogs.yahoo.co.jp/wakasasuzuki04/folder/894948.html) 県立大には11時15分着。スタートから11.4KMの地点となります。昼食を20分で済ませ、小高い山を下り、米どころ国富へ入りました。 本堂と11面観音が重文になっている真言宗の名刹‘羽賀寺’には12時10分着。優しいお顔の観音様を20分ほど見惚れて再びスタート。 もうすっかり秋の風景です。 そしてこうのとり大橋を渡り、雲城水で乾いた喉を潤して13:40ゴールしました。 江戸時代から若狭カレイは鯖や小鯛や甘鯛とともに若狭の名産品として知られていました。当時は若狭湾で獲れたカレイを浜の小屋で加工して一昼夜おいて出荷したそうです。 また若狭でつくられた塩は鯖街道を通って都に納められていました。奈良の平城京などで見つかった塩の木簡を集計すると若狭の塩が大多数だったそうです。鯖街道は塩の道でもありました。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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庶民の魚‘あかひも’が店頭に出回り始めました。 |
もりもり元気 2008/10/29 19:01 |
先日、祝日に勘違いをして小浜市役所に電話をしたところ、待機になって‘ちりとてちん’のテーマ音楽が流れ出しました。松下奈緒さんの軽快なピアノでこれなら待ち時間が長くても大丈夫です。 |
もりもり元気 2008/11/07 08:36 |
‘ちりとてちん’のテーマ音楽は、いつ聞いても、何回聞いても |
マリリン 2008/11/08 22:34 |
本当に心を癒してくれますね。請う続編!!! |
もりもり元気 2008/11/11 17:20 |
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